第7回目を迎えた呼子萬坊父の日企画『お父さん川柳コンテスト』。 今年も全国各地からお父さんや義父さんへの思いを託したさまざま な作品が寄せられ、たくさんのご応募をいただきました。
去る6月3日(木)の審査会にて、そんな数多くの作品のなかから、 大賞から秀作までの16作品が選ばれました。ここに発表致します。 たくさんのご応募ほんとうにありがとうございました。
平成22年6月 株式会社 萬坊
政権交代によって取り上げられたダム建設の是非、そんな中でのダムの完成。それなりのご苦労もあった であろうが、胸を張って語るには気がひける。「照れながら」の上句が実にうまい表現で味わいがある。 長い時間と困難な工事の有様を想像させるスケールの大きい作品であり、父の語を用いることなく読み 上げた見事な記念品というべき作品である。
ある知名なダム完成の記念品は確かごく小さな表彰盾だったように記憶します。さながら父は「つまらぬ ものだが。」という態度で私に見せてくれました。もちろん、近時の公共投資に対する批判の大きくなるず っと前の一出来事でありました。父ははにかみながらも、世の中に一貢献を成したという矜持が滲んでお りました。父が瞑目して忽ち十五年目を待ちますが、大賞を受けてよき記念になりました。
今では五節句にも負けないクリスマスの催し。それに着目して、比喩として用い、楽しい家族の雰囲気を 想像させる。佳句の条件でもある一読明快な句であり、上句の父の日と下句のクリスマスがうまく対応し ている。劇作家、井上ひさしの言葉を借りると、やさしい表現で深い世界を詠み上げている。母の日に負 けない父の日にバンザイ!
この度は、まさかの”クリスマスプレゼント“ありがとうございます。零細の自営業で忙しさとイライラの日常 ではありますが、生活の中にはメリハリが必要だと心掛けています。父の日には二人の娘が手紙をくれ ます。毎年、変りばえのしない文章ではありますが、涙腺を刺激することもあります。これからも一年の中 での「○○の日」を無視しないで、家族と向き合ってゆきたいものです。今回の川柳を思いつかせてくれ た家族を誇りに思わなければというきっかけとなりました。
子どもはよく親に似るものであるが、似らなくてよいところが似て嫌なこともある。 かりに女性の句と考えて、「お父さんそっくりですね」と言われた青春時代の思い出。 しかし、今となっては、その血のつながりが逆に懐かしく思われる年齢となったのだろう。 屈折した心情の発露であり、川柳がまさに人情の機微をついた文学といわれるゆえんである。
受賞の知らせを頂いて、真っ先に東京で生活する娘に連絡しました。 生まれた時から「お父さん似」と言われ続けた娘です。 「えーそうなの」「おめでとう」 年頃になった娘は、何度も優しい声で受賞を祝ってくれました。 夫も嬉しそうに聞いていました。なによりの受賞です。本当にありがとうございました。
母の愚痴は、夫を愛し信じているからこそつい口を突いて出る甘えの言葉であろう。それを聞くたび逆に、 父親の存在と有難さを感じ見直していくのである。「愚痴」という二文字を媒介として、父と母と子どもの切 っても切れない絆の強さを感じさせる句である。
人間を詠む川柳の中でも、時代をつかみ今を写す時事川柳の世界である。なにかと金のかかる子育て中 のお母さんに喜ばれている子ども手当の支給。その金を「当てにせず」と強く言い切った父の否定表現が、 実に頼もしく効果的である。大黒柱として、父親はかくあるべしの強い自覚と存在感が伝わってくる。
父の職業を乗り物の鈍行に見立てての句であろう。エリートコースを快適に突っ走った人には、周りの景 色など目にする事はない。でも、父はその人たちの知らぬ自然の四季や身近かな人々のさまざまな生活を 観察することができた。仕事を通して得た自然・宝物を財産として、定年の駅を降りていったに違いない。